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静岡地方裁判所 平成10年(行ウ)23号 判決 2000年11月30日

原告

右補佐人

被告

沼津税務署長 木俣勲

右指定代理人

野下えみ

中江利明

岩井明広

磯部昭次

井上陽

酒向潔

高橋知志

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が平成七年一二月一日付けでした原告の平成六年分所得税に係る更正をすべき理由がない旨の通知処分のうち、納付すべき税額四〇九万四九〇〇円を超える部分を取り消す。

第二事案の概要

本件は、原告が、平成六年分の所得税の確定申告について、分離課税の長期譲渡所得の金額の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかったため、納付すべき税額が過大となったとして、分離課税の長期譲渡所得の金額及び納付すべき税額の更正請求を行ったが、被告が更正すべき理由がないとの通知処分を行ったため、右処分のうち、納付すべき税額四〇九万四九〇〇円を超える部分の取り消しを求めた事案である。

一  争いのない事実

1  確定申告

(一) 原告は、被告に対し、平成七年三月一四日、平成六年分の総所得金額を四四一万四四六五円、分離課税の長期譲渡所得の金額を三〇二四万四〇三七円、納付すべき税額を七四〇万〇九〇〇円とする確定申告(以下「本件申告」という。)を行った(別紙申告額計算表記載のとおり)。

(二) 原告は、本件申告に係る分離課税の長期譲渡所得の金額を次のとおり計算した。

(1) 譲渡収入金額(五〇〇〇万円)

原告は、A株式会社(以下「A」という。)に対し、平成六年七月六日、も別紙物件目録一及び二記載の各土地(以下「本件土地」という。)及び同目録三記載の建物(以下「本件建物」といい、本件土地と併せて「本件不動産」という。)を代金五〇〇〇万円で売却した(以下「本件売買契約」という。)。

(2) 資産の取得費の額(一四一八万六四六三円)

ア 本件土地の取得費の額(一五〇万円)

本件売買契約の契約書(甲四)には本件土地の代金が三〇〇〇万円、本件建物の代金が二〇〇〇万円と記載されていたところ、原告は、右契約書に記載された本件土地の代金に一〇〇分の五を乗じた額(租税特別措置法(以下「措置法」という。)三一条の四第一項)を本件土地の取得費の額とした。

イ 本件建物の取得費の額(一二六八万六四六三円)

本件建物の取得に要した金額から償却費の額を控除した額(所得税法三八条二項)である。

(3) 資産の譲渡に要した費用の額(一五二万円)

原告が本件売買契約に際して支払った仲介手数料一五〇万円及び売買契約書に貼付した収入印紙額二万円の合計額である。

(4) 総合課税の長期譲渡所得の計算上、生じた損失の額(三〇四万九五〇〇円)

所得税法三三条三項、措置法三一条一項(平成七年法五五号改正前のもの)及び措置法施行令二〇条六項(平成七年法一五八号改正前のもの)に基づく額である。

(5) 特別控除額(一〇〇万円)

措置法(平成七年法五五号改正前のもの)三一条四項に定める額である。

(6) まとめ

(1)の金額から(2)ないし(5)の合計金額を控除すると、分離課税の長期譲渡所得の金額は三〇二四万四〇三七円となる(別紙申告額計算表記載のとおり)。

2  更正の請求

原告は、被告に対し、平成七年八月三日、分離課税の長期譲渡所得の金額の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかったため、納付すべき税額が過大となったとして、分離課税の長期譲渡所得の金額を一一一四万四〇三七円、納付すべき税額を二八一万六九〇〇円とする更正の請求(以下「本件請求」という。)を行った。

3  通知処分

被告は、平成七年一二月一日、本件請求について、更正をすべき理由がないとの通知処分(以下「本件処分」という。)を行った。

二  当事者の主張

(原告の主張)

1 本件申告に係る分離課税の長期譲渡所得の金額を国税に関する法律の規定に従って正しく計算すると次のとおりとなる。

(一) 譲渡収入金額(五〇〇〇万円)

本件申告どおりである。

(二) 資産の取得費の額(一四九四万五九五五円)(本件申告では一四一八万六四六三円)

(1) 本件土地の取得費の額(二二五万九四九二円)(本件申告では一五〇万円)

課税要件事実の認定においては、外観や形式に従うのではなく、実体や実質に従って判断し認定されるべきである。この理は、昭和四五年七月一日付け「所得税基本通達」(以下「基本通達」という。)三八―一が、「建物等の存する土地を、その建物等と供に取得した場合において、その取得後おおむね一年以内に当該建物の取り壊しに着手するなど、その取得が当初からその建物等を取り壊して土地を利用する目的であることが明らかであると認められるときは、当該建物等の取得に要した金額及び取り壊しに要した費用の額の合計額は、当該土地の取得費に算入する。」としていること、昭和五五年一二月二六日付け「租税特別措置法に係る所得税の取扱いについて」通達(以下「措置法通達」という。)の二八の四・二八の五共―三一の(1)が、建物及び土地等を一括して譲渡した場合において、建物の譲渡による収入金額として相当と認められる価額を建物及び土地等を一括して譲渡したことによる全体の収入金額から控除した金額を土地等の譲渡による収入金額としている場合には、これを認めるとしていることからも明らかである。したがって、売買契約書に記載された金額がその実質的な金額と異なっている場合には、実質的な金額をもって土地の譲渡による収入金額とみるべきである。

これを本件についてみると、本件土地の実質的な金額は、本件不動産の代金である五〇〇〇万円から本件建物の実質的な金額を控除した金額となるところ、本件建物の実質的な金額は、昭和三九年四月二五日付け「財産評価基本通達」の一、八九、九三、九四によって計算される本件建物の時価である四八一万〇一五一円(本件建物に係る固定資産評価額六八七万一六四五円に同通達別表一の率を乗じた額から借家権価格を控除した額)と同じであるというべきであるから、本件土地の実質的な金額は、四五一八万九八四九円となる。

なお、被告は、当時の公示価格を前提に本件土地の譲渡価格三〇〇〇万円は不合理でないと主張するが、右公示価格は実際の取引価格と比較してその七割相当であり、これを比較の対象とするのは相当でない。

したがって、本件土地の譲渡による収入金額は、本件売買契約書に記載された三〇〇〇万円ではなく、本件土地の実質的な金額である四五一八万九八四九円であるから、これに一〇〇分の五を乗じた二二五万九四九二円が本件土地の取得費の額となる。

(2) 本件建物の取得費の額(一二六八万六四六三円)

本件申告どおりである。

(三) 資産の譲渡に要した費用の額(一五三万四六〇〇円)(本件申告では一五二万円)

原告は、本件売買契約に際し、仲介手数料一五〇万円及び売買契約書に貼付した収入印紙額二万円のほか、司法書士である丙及び同丁に対し、本件不動産に設定されていた根抵当権(極度額三三〇〇万円)、債権の範囲保証委託取引、債務者原告、根抵当権者B株式会社。以下「本件根抵当権」という。)の抹消登記手続費用として一万四六〇〇円を支払った。

ところで、所得税法三三条三項は、譲渡所得の金額について、当該所得に係る総収入金額から当該所得の基因となった資産の取得費及びその資産の譲渡に要した費用の額の合計額を控除し、その残額の合計額から譲渡所得の特別控除額を控除した金額とする旨定めているところ、基本通達三三―七によれば、借家人等を立ち退かせるための立退料、土地を譲渡するためその土地の上にある建物等の取壊しに要した費用等、当該資産の譲渡価額を増加する当該譲渡に際して支出した費用等も、右の「資産の譲渡に要した費用」にあたるとされている。

これを本件についてみると、本件売買契約においては、「売買物件に対する抵当権、質権、先取特権または貸借権その他形式の如何を問わず所有権移転を阻害すべき一切の負担を除去し完全なる所有権移転をすること」が条件とされていたことから、原告は、本件売買契約を成立させるため、平成六年七月六日、本件根抵当権設定契約を解除し、本件根抵当権抹消登記手続費用を司法書士に支払ったものであり、そして、一般に根抵当権が設定されている不動産の価格が設定されていない場合の価格と比べて極度額相当額の範囲内において低額となることは公知の事実であるから、根抵当権抹消登記手続費用は当該不動産の譲渡価格を増加させるために支出された費用というべきである。

したがって、本件根抵当権抹消登記手続費用は、所得税法三三条三項の「資産の譲渡に要した費用」にあたると解すべきである。

(四) 総合課税の長期譲渡所得の計算上、生じた損失の額(三〇四万九五〇〇円)

本件申告どおりである。

(五) 譲渡所得がなかったものとみなされる金額(一三〇〇万円)(本件申告では〇円)

所得税法六四条二項は、保証債務を履行するための資産の譲渡があった場合において、その履行に伴う求償権の全部または一部を行使することができないこととなった場合には、その行使することができないこととなった金額に対応する部分の金額は、譲渡所得の金額の計算上、なかったものとみなす旨定めている。

原告は、有限会社C(以下「C」という。)の株式会社D(以下「D」という。)に対する金銭消費貸借契約に基づく貸金返還債務について、Dに対して保証債務を負っていたところ、平成六年七月六日、本件不動産の売却代金のうちから一三〇〇万円をDに支払い、右保証債務を履行した。

ところが、Cは、平成二年六月三〇日決算以降、債務超過の状態が続いていた。そして、求償権を放棄した前日の平成七年六月三〇日現在におけるCの資産総額は五一三万七九八九円であるが、そのうち引当となる資産は一三七万一二九八円にとどまる。

したがって、本件求償債権をCに対する最優先債権と仮定したとしても、原告はCに対する右保証債務の履行による求償権を行使することができなくなった。そこで、原告は、Cに対し、平成七年七月一日、右保証債務の履行による求償権の放棄を通知した。

したがって、右一三〇〇万円は、所得税法六四条二項により、分離課税の長期譲渡所得の金額の計算上、なかったものとみなされる。

(六) 特別控除額(一〇〇万円)

本件申告どおり

(七) まとめ

(一)の金額から、(二)ないし(六)の合計金額を控除すると、一六四六万九九四五円となる。

2 そして、分離課税の長期譲渡所得の金額を一六四六万九九四五円として納付すべき税額を計算すると四〇九万四九〇〇円となる(別紙申告額計算表記載のとおり)。

3 したがって、本件申告に係る納付すべき税額である七四〇万〇九〇〇円は、分離課税の長期譲渡所得の金額の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかったことにより過大となっているから、本件請求を認めなかった本件処分は違法である。

(被告の主張)

1 本件土地の譲渡による収入金額について

所得税法三三条一項所定の譲渡所得に対する課税は、資産の値上がりによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に、これを清算して課税する趣旨のものであり、売買、交換等によりその資産の譲渡が対価の受入れを伴うときは、右増加益が対価のうちに具体化されるので、この具体化により実現した増加益を課税の対象とするものである(最高裁昭和四三年一〇月三一日第一小法廷判決・裁判集民事九二号七九七頁)。そのため、譲渡所得の金額は、譲渡資産の客観的な価格ではなく、資産の譲渡による総収入金額、すなわち、具体的場合における右の対価に係る現実の収入金額から当該資産の取得費等を控除して算定される(所得税法三三条三項。最高裁昭和三六年一〇月一三日第二小法廷判決・民集一五巻九号二三三二頁)。したがって、当該資産の譲渡が売買によりなされた場合、その譲渡による収入金額は現実の取引における対価の額、すなわち売買代金額であるというべきである。

そして、契約書は、当該契約当事者双方の処分意思を表示するものであるから、当該当事者が通謀して租税回避の意思や脱税目的等のもとに、故意に実体と異なる内容を契約書に表示したなどの特段の事情が認められない限り、契約書に記載された内容どおりの契約が成立したものと認められるべきである。

本件売買契約の契約書(甲四)によれば、本件土地の代金は三〇〇〇万円とされているところ、右のような特段の事情は認められず、本件土地の譲渡による収入金額は三〇〇〇万円である。

しかも、本件土地の近隣に所在する標準地(駿東郡清水町徳倉字外原)の平成六年一月一日を基準日とする一平方メートルあたりの公示価格は一五万一〇〇〇円であり、平成七年一月一日を基準日とする右公示価格は一五万円で、両者の比較により本件土地の近隣の地価が下落傾向にあったと認められること等の事情を総合的に考慮すれば、本件契約当事者間で本件土地の譲渡価格を三〇〇〇万円と定めたことは何ら不合理とはいえない。

また、原告は本件建物の譲渡による収入金額を算定するにあたり、固定資産評価額を基準としているが、同評価額は、固定資産を所有する事実に着目した財産税である固定資産税の算定等のためのものであり、市場において取引が行われる場合の客観的な交換価値に着目したものではないから、固定資産評価額を基準とすることは不合理である。一方、建物の売主としては、当該建物の未償却残高が残っている場合には、これを上回る価格で譲渡したいと考えるのが通常であるところ、本件契約当時の本件建物の未償却残高は一二六〇万四六〇〇円であり、本件契約当事者が右未償却残高及び本件建物が定期的かつ相当額の賃料収入が各実に見込まれるアパートであることを重視していたと考えられること等の事情を総合考慮すれば、本件契約において、本件建物の譲渡価格を二〇〇〇万円と定めたことは、何ら不合理とはいえない。

2 本件根抵当権の抹消登録手続費用について

(一) 原告が本件根抵当権の抹消登録手続費用を支払った事実は知らない。

(二) 仮に原告が右費用を支払ったとしても、右費用は資産の譲渡に要した費用にあたらない。

所得税法三三条三項の「資産の譲渡に要した費用」とは、譲渡のために直接かつ通常必要な費用を指すものと解すべきであり、具体的には、<1>資産の譲渡に際して支出した仲介手数料、運搬費、登記もしくは登録に要する費用その他凍害譲渡のために直接要した費用、<2>借家人等を立ち退かせるための立退料、土地を譲渡するためその土地の上にある建物等の取壊しに要した費用等、当該資産の譲渡価額を増加する当該譲渡に際して支出した費用等がこれにあたると解するのが相当である(基本通達三三―七)。

そして、抵当権や根抵当権の原因となった債務の弁済については、原因債務は当該不動産の譲渡とは無関係に発生したものであり、当該不動産を譲渡すると否とを問わず、本来債務者が弁済すべきものであるから、右原因債務を弁済した時期が不動産の譲渡時期と一致したからといって、譲渡を実現させるために通常かつ直接必要な費用であるとは認められないと解される。

本件根抵当権は平成元年九月一八日に、原告を債務者、B株式会社を債権者として、極度額を三三〇〇万円として設定されたものであり、右債務は、本件不動産を譲渡すると否とに関係なく、原告が弁済しなければならないものである。そして、本件根抵当権は原告が右債務を弁済したことから抹消されたものであり、本件根抵当権抹消登記手続費用は、債務の弁済に附随して、不動産登記簿を原状に回復するために払われたものであって、たとえ、抹消登記が事実上譲渡の前提して必要であったとしても、譲渡をするために直接かつ通常必要な費用ということはできないから、「資産の譲渡に要した費用」に該当しない。

3 譲渡所得がなかったものとみなされる金額について

(一) 原告が、CのDに対する貸金返還債務について、Dに対して保証債務を負っていたことは事実であるが、Dは一三〇〇万円を支払ったのは主債務者であるCであって、原告ではない。原告はCに本件不動産の売却代金のうちから一三〇〇万円を貸し付けたにすぎない。したがって、原告は、資産の譲渡代金から保証債務を履行したとはいえないから、所得税法六四条二項適用の余地はない。

(二) なお、原告のCに対する求償権の全部または一部が行使不能であるとの主張が認められないことにつき付言する。

所得税法六四条二項にいう「求償権の全部又は一部を行使することができないこととなったとき」とは、求償権行使の相手方である主債務者が、倒産して事業を廃止してしまったり、事業回復の目処がたたず、破産もしくは私的整理に委ねざるを得ない場合はもちろんのこと、主債務者の債務超過が著しく、その状態が相当長期間にわたって継続することが予想されるため、求償債務の弁済の見込みがたたない場合、またはこれに準ずる場合であって、そのことが、求償権放棄の際、主債務者の経理内容から客観的に確実となったときを指称すると解すべきである。そして、求償権を行使すれば支払を受けられるのに行使せずに求償権を放棄し、その結果として求償権を行使できなくなったとしても、これは所得税法六四条二項に該当しないものと解すべきである。

これを本件についてみると、確かにCの財務内容は、平成二年六月決算期以降は債務超過の状態が継続しているものの、Cは、破産宣告等による事業閉鎖の事実はなく、設立以来、引き続き事業を継続していること、また、取引銀行であるDとの間において、本件における一三〇〇万円の債務の弁済がなされた後の平成七年一一月三〇日にも三〇〇万円の新規借入が実行されるなど、銀行取引も継続としていること、平成六年六月期と平成七年六月期の各長期借入残高及び債務超過額を比較しても、この間に特に負債が増大したという状況は認められない。かえって、Cの平成七年六月期の総売上高及び売上総利益の金額と平成六年六月期のそれを比較すると、それぞれ二八二パーセント及び一六〇・九パーセントと大幅に伸びている。さらに、原告以外のCの債権者は、債権放棄をしていないこと等の事情を総合考慮して判断すれば、求償権の行使が不能であるとは到底認められない。

三  争点

本件申告に係る分離課税の長期譲渡所得の金額の計算は、国税に関する法律の規定に従っていなかったといえるか。

1  本件土地の譲渡による収入金額は四五一八万九八四九円といえるか。

2(一)  原告は、本件売買契約の際、本件根抵当権抹消登記費用として一万四六〇〇円を支出したか。

(二)  (一)が肯定された場合、右費用は、資産の譲渡に要した費用といえるか。

3(一)  本件売買契約は、原告のDに対する保証債務を履行するためになされたものといえるか。

(二)  (一)が肯定された場合、原告のCに対する求償権は行使することができなくなったといえるか。

第三争点に対する判断

一  争点1について

1  本件売買契約の際に作成された不動産売買契約書(甲四)によれば、本件不動産の売買代金は五〇〇〇万円と記載され、その内訳は、土地三〇〇〇万円、建物二〇〇〇万円とされているところ、原告は、右土地と建物の代金額はいずれも実質的な価格と異なっており、本件土地の譲渡による収入金額は、その実質的な金額である四五一八万九八四九円であるので、これをもとに本件土地の取得費の額を計算すべきであると主張する。

2  ところで、所得税法三三条一項所定の譲渡所得に対する課税は、資産の値上がりによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に、その所有期間中の増加益を清算して課税するものであり、売買によりその資産の譲渡が対価の受入れを伴うときは、右増加益が対価のうちに具体化されるので、この具体化により実現した増加益を課税の対象とするものである(最高裁昭和四三年一〇月三一日判決、裁判集民事九二号七九七頁以下参照)。そのため、譲渡所得の金額は、譲渡資産の客観的な価格ではなく、資産の譲渡による総収入金額、すなわち売買等の具体的場合における対価である現実の収入金額から当該資産の取得費等を控除して算定されることとなる(所得税法三三条三項。最高裁昭和三六年一〇月一三日判決、民集一五巻九号二三三二頁以下参照)。したがって、当該資産の譲渡が売買によりなされた場合には、その譲渡による収入金額は現実の取引における対価の額、すなわち売買代金額であるというべきである。そして、当該売買契約について、契約書が作成されている場合には、通常、契約書は、当該契約当事者双方の契約意思を表示するものであるから、当該当事者が通謀して租税回避の意思や脱税目的等のもとに、故意に実体と異なる内容を契約書に表示したなどの特段の事情が認められない限り、契約書に記載された内容どおりの契約意思のもとに契約が成立したものと認めるのが相当である。

3  本件売買契約書には、本件不動産の売買代金が五〇〇〇万円と記載され、その内訳は、本件土地が三〇〇〇万円、本件建物が二〇〇〇万円とされていることは前記のとおりである。そして、証拠(乙一〇、一一)及び弁論の全趣旨によれば、本件売買契約当時、買主であるA及び右売買を仲介した契約の立会業者(不動産業者)戊は、それぞれ右売買代金額及び内訳額に異論なく同意して契約を成立させたことが認められる。また、本件土地の近隣に所在する標準値(駿東郡清水町徳倉字外原)の平成六年一月一日を基準日とする一平方メートルあたりの公示価格は一五万一〇〇〇円であり(乙八、これに本件土地の面積を乗ずると三三三九万〇六三〇円となる。)、平成七年一月一日を基準日とする右公示価格は一五万円である(乙九、これに本件土地の面積を乗ずると三三一六万九五〇〇円となる。)。一方、建物の売主は、当該建物の未償却残高が残っている場合には、これを上回る価格での譲渡を希望するのが通常であり、本件売買契約当時の本件建物の未償却残高は一二六〇万四六〇〇円と認められる(弁論の全趣旨)。更に、本件売買契約当時、契約当事者は、本件建物がアパートとして賃貸されていることを前提にして、これをそのまま買主が引き継ぐことを特約し、Aは、本件建物が確実な収入のあるアパートであることを重視してこれを購入した(なお、同社は、現在も本件建物をアパートとして賃貸している。)ものと認められる(甲四、乙一〇)。

以上の事実を総合考慮すると、本件売買契約における土地の価格が特に不合理であるとは認められず、また、本件建物自体に相当程度の価値を認めて売買することもなんら不自然なことではなく、原告とAは、本件不動産の売買代金額について、契約書に記載されたとおりの内容を真正に合意したものと認められる。

そして、本件全証拠によっても、原告及びAが、通謀して租税回避の意思や脱税目的等のもとに、故意に実体と異なる内容を契約書に表示したなどの特段の事情は認められない。

以上によれば、契約書に記載された本件土地の売買代金額三〇〇〇万円は当事者の意思に合致し、実体に符合するものと認められ、本件土地の譲渡による収入金額は三〇〇〇万円と認められる。

4  これに対し原告は、措置法通達二八の四・二八の五共―三一の(1)及び本件建物の固定資産評価額などを根拠に本件土地の譲渡による収入金額は、四五一八万九八四九円であると主張する。しかし、本件土地及び建物は、平成六年一月一日現在において、原告が所有する期間が五年を超えていると認められ(乙一ないし三)、短期所有土地等に係る事業所得又は雑所得に適用される措置法通達二八の四・二八の五共三一の(1)の適用はなく、また、そもそも譲渡収入金額の算出にあたっては、現実の売買代金額を問題とすべきであり、固定資産評価額を基準にするのは相当でない。

5  そうすると、本件土地の譲渡による収入金額は四五一八万九八四九円とは認められず、原告の右主張は理由がない。

二  争点2について

1  所得税法三三条三項に定める資産の譲渡に要した費用とは、当該資産の譲渡のために直接かつ通常必要な費用を指すものと解すべきであり、基本通達三三―七によれば、所得税法三三条三項の譲渡費用とは、<1>資産の譲渡に際して支出した仲介手数料、運搬費、登記もしくは登録に要する費用その他当該譲渡のために直接要した費用、<2>借家人を立ち退かせるための立退料、土地を譲渡するためにその土地の上にある建物等の取り壊しに要した費用、既に売買契約を締結している資産を更に有利な条件で他に譲渡するため当該契約を解除したことに伴い支出する違約金その他当該資産の譲渡価格を増加させるため当該譲渡に際して支出した費用とされている。

2  原告は、本件不動産に設定されていた根抵当権の抹消登記手続費用が右条項にいう「資産の譲渡に要した費用」にあたると主張し、証拠(甲五ないし八)によれば、原告は、本件売買契約に際し、司法書士に対し、本件不動産に設定されていた根抵当権(極度額三三〇〇万円、債権の範囲保証委託取引、債務者原告、根抵当権葵信用保証株式会社)の抹消登記手続費用として一万四六〇〇円を支払ったことが認められる。

しかしながら、一般に、根抵当権の抹消登記手続は、被担保債権の弁済、根抵当権設定契約の解除などに附随して根抵当権が消滅したことを明らかにするために行われるものであり、仮に、その抹消登記手続が事実上、当該不動産の譲渡の前提として必要であったとしても、それ自体で不動産の譲渡価格を増加させるために支出されたものとは評価できず、その費用は、当該資産の譲渡のためにも直接かつ通常必要な費用にはあたらないというべきである。

したがって、原告の支出した前記抹消登録手続費用は、所得税法三三条三項の定める資産の譲渡に要した費用に該当せず、原告の右主張は理由がない。

三  争点3について

1  所得税法六四条二項は、保証債務を履行するため資産の譲渡があった場合において、その履行に伴う求償権の全部又は一部を行使することができないこととなったときは、その行使することができないこととなった金額に対応する譲渡所得の金額はなかったものとみなす旨規定している。そして、これが適用されるためには、<1>保証債務が存在すること、<2>譲渡代金による保証債務の履行があったこと、<3>求償権の行使が不能となったことの各要件が具備されることが必要である。

2  本件において、原告は、CのDに対する一三〇〇万円の貸金返還債務についてDに対して保証債務を負っていた(当事者間に争いない)ところ、本件不動産の売買代金のうちから一三〇〇万円をDに支払って、自ら保証債務を履行した(その後、Cが債務超過であるため、右保証債務の履行による求償権全部を放棄したため、その行使ができないこととなった)と主張する。そして、甲二五(質問応答書)にはこれを裏付ける記載がなされている。しかしながら、平成六年七月六日、本件不動産の売買代金五〇〇〇万円がD沼津支店の原告名義の普通預金口座に入金され、同日、そのうちの一三〇〇万円が払い出されて、Cの同支店の普通預金口座に入金され、同日中に右口座から出金されてDへ弁済された旨の伝票等の処理がなされていること(乙一五の一、二、証人)、この件に関し、Cの会計伝票(乙六の一、二)及び勘定元帳(乙七)上では、「社長より借」として、長期借入金処理がなされてるいこと、右貸金返還債務の弁済期日は、平成六年一〇月二八日であり(甲一二)、同年七月当時、Cは、右債務の利息を支払い続けていたため、原告が保証債務を請求される状況にはなかったこと(乙一二、前掲証人)がそれぞれ認められる。以上の事実に照らすと右甲二五の記載は、にわかに採用できず、他に原告が保証債務を履行したとの事実を認めるに足りる証拠はない。

したがって、本件において、所得税法六四条二項の適用の余地はなく、原告の右主張は理由がない。

第四結論

よって、原告の本件請求は、理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中由子 裁判官 今村和彦 裁判官 宮本聡)

(別紙) 物件目録

一 土地

所在 駿東郡清水町

地番

地積 一二六・〇三平方メートル

二 土地

所在 駿東郡清水町

地番

地積 九五・一〇平方メートル

三 建物

所在 駿東郡清水町徳倉字矢崎

種類 共同住宅

床面積 一階 九八・六九平方メートル

二階 九八・六九平方メートル

別紙 「本件申告額計算表」

<省略>

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